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塾生インタビュー #7
■体育会スケート部ホッケー部門
 Part.1

昭和二年創設
現在、関東大学リーグ二部に所属
部員数23名
主将 増子修平

公式サイト http://www.hockeynuts.org/~keio/



−−−8月12日、新横浜スケートリンク。記録的冷夏とはいえ半袖でも汗ばむ陽気だが、中は長袖のブレーカーを着ても肌寒さを感じる。「ぜひ我々を取材して欲しい」とメールにて依頼を受け、ホッケー部の取材に伺った。取材に応じていただいたのは増子修平主将と門倉幸雄副将。彼らの語る想いとは、、、

■下手でもかまわない、4年間で終わる人間にはなって欲しくない


―ホッケー部の概要を教えて下さい


 増子 
部員数がマネ含めて20数名、大部分が塾高出身で内部生です。1割ぐらいが外部生。普段は日吉や新横浜東伏見東大和で夜中までやっています。今日はかなり早いほうで普段は11時ぐらいからスタートして1時ぐらいを過ぎますね。


―今の慶応の現状は?

 増子
ホッケーの関東リーグは全体が6部に分かれていて、今は2部の4位、一部への復帰が目標です。他の大学は東北出身者が多いのですが、慶應は、内部生が多いことで、高校に入ってから始めることもあって、キャリアの差は大きいと思います。


―一部復帰のために主将として心がけていることは?

 増子 
特にないです、やるべきことをやってきて、それで結果が出てくるだけなので、自分の力を信じて悔いのないようにしてくるだけです。主将個人としては、自分から率先してやることを心がけています。自分がやらないとついてこないので、言ったことは必ず守るとか。自分が体現して来ないと下がついてこないので、特に引っ張ろうという気持ちはなく、率先してやっていれば後輩もついてくると思っています。


―それでは、自分が体現したい理想の部員像とは?

 増子 そうですね、下手でもかまわないので4年間で終わる人間にはなって欲しくないです。ホッケー部員としてとか体育会部員としてってことはどうでもよくて、社会でどれだけのことができるかってのが大事で、その力をつけるのが大学4年間だと思うので、僕自身もそれを意識していますし、そういう人間を育てたれれば大成功だと思っています。


増子主将、門倉副将

■もう少し礼儀作法が出来ていても良いんじゃないかな

 −−−「社会に出てどれだけのことが出来るか」大学でのホッケー生活を社会へのステップと捉える増子主将。彼は、学生生活における体育会の意味をこう続ける。

ホッケー部の活動に見出す社会との共通項というと?


 増子 よく言われることですが、チームプレートいう部分が大きいですね。先ほどとはちょっと矛盾するんですが、体育会はうるさい組織で、礼儀とかマナーとかもそうで、主将とか副将になれば難しく言えば組織のマネジメントといったことも勉強できますし、そういうところが社会と共通して勉強できるところじゃないかなと思っています。


―体育会、慶應を意識されることは?

 増子 一歩外に出て他の学生さんと交わると、そういうイメージで見られているなって意識はありますね。皆さん、昔ながらのしごきとかというイメージや、勉強を全然していないとか。それは違うだろとも思うんですけれども、そういう負のイメージをもたれていることは教訓としなければいけないと思っています。そうでなければ、成長できないですから、しっかり受け止めて、うちの部ではそういうことのないよう徹底しています。


―では、逆に一般の学生さんを見てどんなことを思われますか?

 増子 挨拶とか言葉遣いとか、礼儀マナーについては違いを強く感じますね。特に僕はSFCなんですが、何でこんなに挨拶できないのかなあって思ったりもしますし。もちろん、いいところもあると思うんです。僕らみたいなガチガチの体育会系だと、今の取材を受けていても堅くならざるを得なくて、そういう点で柔軟性や自由な発想を欠いてしまう所はあって、フランクな環境であればいい発想も出来ると思うんですけど、もう少し礼儀作法が出来ていても良いんじゃないかなとは思います。



■学問とアイスホッケーの両極限を追及
       −ホッケーだけ、体育会だけにはなりたくない

 −−−社会へのステップとしての体育会。ホッケー部門のサイトには、部紹介の中にこんな文言がある。「学問とアイスホッケーの両極限を追及すること」と。しかし、このインタビューの時点ですでに9時を回っていた。彼らはそれでも「今日は早い方」と言う。厳しい体育会のイメージそのまま。彼らは本当に両立が実現できているのだろうか。


―体育会と勉強の両立は?

 増子 普段から心がけています。僕自身は学校が遠いので大変でした。特に練習が深夜を回るので、そのまま寝ないで一限目から学校とかってこともあります。学校に車で着いて仮眠を取って出席とか、授業が終わってから夕方に寝て練習とか。


―そういう環境の中、4年間活動が続いた秘訣はなんですか?


 増子 そうですね、僕が続いたのは意地です。小さいころからやるべきことをやりなさいといわれて育ったので、ホッケーだけ、体育会だけにはなりたくなくって、その意地です。勉強は勉強でやると。

 門倉 あと、ホッケーはすごいお金のかかるスポーツなんですよ、個人で5.60万もかかって。どうしても親に迷惑をかけたくないってところがあって、4年間で卒業しないと。自分は奨学金を貰ってそれをホッケーの費用に当てているんですけど、奨学金を貰うには学業も良くないといけないので、そういう目標があったから続けてこれたんだと思います。

 増子 僕も親から4年分しか学費出さないといわれていて、留年できないので。他の部員でも体育会のほかの部に比べればバイトしている人も多いと思います。部、勉強、バイト、そして個人練習と大変で、高校から入って、やっぱり4月ぐらいは退部するものも多いです。でも、2年生まで続くことができれば最後まで行っちゃいますね。特にこれといった秘訣のようなものはないです。

 門倉 やりたいやつがやりたいことのためにいるので。そして、優秀なコーチの方に教えていただけるのは光栄なことです。そういう環境のよさもあると思います。

インタビュー第2部へ続く


取材   村井裕一郎



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