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#40 [06/12/7]
■慶應義塾大学体育会航空部
前主将:山下貴也さん(経4)
航空部

 体育会、と聞いてまず何を思い浮かべるだろう。 野球?サッカー?慶早戦、学ランを着ている人たち。
では、空で戦う体育会があることをご存知だろうか。
そろいのユニホームではなくつなぎを身につけて、ボールではなく上昇気流を追いかける。
多くの人がイメージするであろう「体育会」とはまったく違う活動をしているのが航空部である。
今年の六大学戦では見事優勝を果たし、「空の王者」として頂点に立った。
グライダーに乗り空を翔る、体育会航空部の活動に迫る。


(*1)グライダー
動力なしで空を飛ぶ乗り物。エンジンがついていないため、上昇気流を使って空を飛びます。
■慶應義塾體育會航空部
http://k-flight-hp.hp.infoseek.co.jp/



■活動は、空を飛ぶことです

知り合ったばかりの人に、サークル何やってるの?と聞いて、「空を飛んでるんだ」と言われたら、あなたはどんな言葉を返すだろうか。

航空部2

「一般の人のグライダー認知度は0に近いですね」 今回インタビューを受けていただいた航空部前主将の山下貴也さんは語る。

グライダーをやっていると言って返ってくる言葉は、「ああ鳥人間でしょ」だったり、ハンググライダーと混同していたりですね。 航空部の活動の場所は妻沼なので、部としての知名度は低いですね…。

私自身、取材を始めるまで航空部はおろかグライダーの存在も知らなかった。 同じ大学生が空を飛んでいる。一体どうやって? グライダーとは、動力を持たない航空機。 動力がないのにどうやって飛ぶのだろうか?


■日吉から3時間の地で…

まず、航空部とは耳慣れない存在であるが、慶應の中でどんな歴史を歩んできたのだろうか。

創部は1930年で、今年で76年目です。体育会の中では若い部ですが、学生グライダー界では法政・早稲田と同じ年に創立された最古参です。

空港を想像してもらえばわかるように、グライダーを飛ばすためには障害物のない平坦な広い土地が必要である。慶應も含め、都内近郊の大学は埼玉県熊谷市の妻沼滑空場で練習を行っている。

うちの場合は平均月に1回1週間、搭乗や機体整備などを行う合宿をしていて、1年のうち3分の1は合宿ですね。選手として大会に出場するためには自家用操縦士技能証明という資格が必要なので、それを取るまでは、実技試験をクリアするために練習します。 最初はライセンスを持つ教官と一緒に飛びながら、操縦の仕方や離着陸の方法を学びます。一定時間経つと1人で飛ぶことになりますが、最初はとても緊張しますね。何度も何度も飛び経験を積むことで技術を高めていきます。 飛ぶこと以外でも機体の管理などは妻沼で行っています。

余談だが、ファーストソロ(初めての1人での滑空)で初めて空で一人になったとき好きな人の名前を叫ぶと願いが叶うという言い伝えがあるという…。

(*2)自家用操縦士技能証明
グライダーを操縦するために必要な国土交通省による国家資格。試験は学科と面接。総単独滑空時間などの条件を満たした者が各自申請して試験を受ける。

■動力は自然の力

「空を飛ぶ」競技であるから、その活動の中心が滑空場を持つ妻沼であることは当然である。しかし、もちろん実技ばかりをやっているわけではない。空を飛ぶためにはさまざまな知識が必要であるという。

妻沼以外の活動の中心は、競技を行うための勉強です。 航空部には代々学科勉強のシラバスがあり、それに沿って上級生が下級生に教えています。 グライダー競技を行う上でまず必要なのが無線のライセンスです。グライダーは一人乗りで、競技ももちろん一人で行いますが、地上と常に連絡を取り合っています。その手段が無線です。この無線を使用するために、航空特殊無線技士の資格を取る必要があります。 また道路交通に法律があるように、空にもルールがあります。妻沼上空はグライダーだけではなく航空機や自衛隊機も飛んでいるので、事故を起こさないために飛行物全てに関係する空の規則を学びます。 そしてグライダー競技は天気が重要な要因になるため、気象の勉強もします。

グライダーは動力を持たない。 それではどうやって空を飛ぶのか?  エンジンの変わりにその役割を果たしているのが上昇気流である。

グライダーは動力がないですから、持ち上げてくれる上昇気流がないと飛べません。最初はウインチ(ドラムを回転させワイヤを巻き取り、重量物を持ち上げるときなどに使う機械)などで機体を高度400メートルくらいまで持ち上げてもらいます。上昇気流があれば、その中に入って旋回しながら高度を上げていきます。とんびが飛んでいるのを見たことがある方はわかると思いますが、上昇気流の渦の中をぐるぐる回りながら高度を上げるんです。上昇気流の中にいるとお尻が持ち上がる感じがするので、入ったなというのはすぐわかります。逆に上昇気流がないと高度が保てないためそのまますぐ着陸しなくてはいけなくなります。
上昇気流が起きやすいところは大体決まっていて、工場など太陽の熱を反射するところなのです。あとは地形などで判断しますね。これは気象に関する知識を使います。それに季節で違いもあって、冬は夏より上昇気流が強いです。だから冬の方が高度を上げやすいんですが、逆に風や気流が強すぎるとあおられたりするので、注意する必要があります。 上昇気流の中は結構ぐらぐら揺れてしまうので、人によっては酔ってしまうでしょうね。 そして一定の高度まで来たら、あとは目的地へ向かって飛んでいきます。グライダーの構造として、1メートルの下降で30〜40メートルほど前進できるように作られています。

航空部3

グライダーの選手として能力を高めるには、技術に加え空に精通する必要がある。そしてグライダーの試合は、野球やサッカーと違って部員であれば誰でも出場できるわけではない。

グライダーの試合は、出発してからいくつかあるポイントを回って着陸するという流れを時間内で何度も繰り返します。チェックポイントを回る時間や速度、高度などでポイントがつき、その合計で順位が決まります。 で、この大会に出るためには、『自家用操縦士技能証明』という資格を取る必要があります。これは大体2年生の終わりから3年生の始めに取得します。 だから試合に出るのはライセンスを持つ3、4年生ですね。 そして部員には選手とマネージャーがいます。選手はエース1人を伸ばすというのではなく、皆で高めあっていく姿勢で訓練しています。グライダーは力で飛ばすものではありません。差が出るのはカンや読みの正確さです。ですから競技者の年齢や性別に左右されませんし、若いときから始めた方が有利ということもありません。 1学年平均10人弱の部員がいますが、そのうち2、3人は女子部員ですし、全員大学からグライダーを始めたという学年も珍しくないです。

そして航空部を支える存在として、重要な役割を担っているのがOBであるという。

OBの存在なくして航空部の活動は成り立ちません。 ライセンスのない部員や特に新入部員は、免許を持つ教官と二人乗りで飛びます。自動車の二種免許と一緒で、人を乗せて飛ぶには自分たち選手が持っているものと違う免許を取る必要があり、それを持つOBの方たちが無償で協力してくれています。

■誰もいなくなった…

それでは山下さんは航空部でどんな4年間を過ごしてきたのか伺ってみると、興味深い話を聞くことができた。 他の部活やサークルもそうであるように、どうしても部員が残らない年がある。ちょうどそんな事態に直面してしまったのだ。

自分の上の学年がみんなやめてしまったんです。普通は4年が主将のはずが、いきなり2年生で主将にならなくてはいけなくなった。教えてくれる上級生がいないので、OBが頼りでしたね。それに昔からのノウハウや学科対策などがしっかり生きていたためなんとか乗り越えられました。人が少ない中で機体管理など、やることが多く大変でしたけど、航空部の歴史に助けられましたね。

機体の整備も部員自らが行うという。グライダーの機体とはどんなものなのか。

機体は強化プラスチック製です。日本国内では製造されていないので、慶應の場合はドイツ製のグライダーを購入しています。値段はピンキリですが、大体1機1500万円くらいですね。慶應は4機ほど所有しています。機体の寿命としては数十年間飛ぶことは出来ますが、車と同じで年々性能はよくなるため、買い換える必要があります。とても高いものですが、古い機体を売ったお金や、部費、OBからの援助で購入しています。

重要なのはハード面だけではない。グライダーに乗り、身一つで空に飛び立つ。そこには地に足をつけて行う他の競技にはないリスクがある。グライダー競技は厳しい安全管理が求められる。

航空部4

安全面は一番大変なことですね。事故を起こさないために安全対策シートというものを作って、活動中のトラブルはその原因などを詳細に記入します。始末書のようなものですね。その内容は部員全員で共有して、決して同じミスを犯さないようにします。 安全対策は部員だけに行うものではないです。航空部の活動を知ってもらう一番の手段が体験搭乗で、新入生向けに4月に妻沼で行っています。これは資格をもつ教官などと一緒に、まったくの初心者にグライダーで飛んでもらうものです。搭乗者はもちろんグライダーのことはまったくわからないですから、乗り方から触ってはいけないボタン、してはいけないことなどを教え、絶対に事故が起こらないようにダブルチェックトリプルチェックという形で気をつけています。

■一番近くで空と向き合う

空を見て思う。 グライダーから見る空は、こうして地上から見上げるものとどれくらい違うのだろうか。 空気は薄い?空の上は寒いのだろうか? プラスチック一枚隔てた向こうに空がある感覚とは、どんなものなのだろう。

空の上は気圧は低いですが、呼吸は大丈夫ですよ。でも高度4000メートル以上に上がる場合は酸素ボンベを搭載しなければいけません。2500メートルくらいに行くと寒いですね。上空に行くともう気流の音しか聞こえない状態です。 気候に問題がなければ安全なのですが、空に行くとハイになってしまって気持ちが悪いとか気づかない可能性があるので、そこは気をつけなければいけない点です。 グライダーは何時間も飛ぶことが出来ます。夜間は飛行禁止なので、日の出から日の入りまで飛べます。 たまに鳥がぶつかってくることもありますね(笑)

空の上でたったひとり、何を思う。

航空部5

景色はすごいですが、飛ぶのは競技のための練習なので、大会を想定して色々考えながら飛んでいます。グライダーは動力がないから高度管理が重要なんです。上昇した後、だんだん下がりながら進むから目的地までの距離を計算して高度を調整する必要があります。 ここに上昇気流があるからこれを使ってどの高度まで上昇して、この高さからならこれくらい進める…など考えながら飛んでいます。

東京の真ん中にいながらも、ふと空を見上げて思うという。 ああ今日の空を飛びたいと。 コンクリートに囲まれた都会でも、空を見れば大空を飛ぶ感覚を思い出すことができる。 航空部員だけの楽しみがそこにはあった。

今後の試合日程
第22回関東学生グライダー競技会  12月17〜23日(競技日)
第47回全日本学生グライダー競技選手権大会 3月4日〜3月11日(競技日)
第39回早慶対抗グライダー競技大会 3月13日〜19日(競技日)
         ※いずれも 埼玉県妻沼滑空場

取材 村上美里・鄭有眞