『メンター』
あまり聞き慣れない言葉だがご存知だろうか?
メンター三田会は、ビジネスなどの面で、現役塾生や若手塾員による、新規事業の立ち上げを積極的に支援するべく作られた三田会だ。広い業界の塾員が「メンター」として慶應出身の若手の育成を行っている。今回は資生堂の常勤顧問で、現在メンター三田会の会長代行を務める森靖孝さんとメンター三田会事務局長の鈴木茂男さんにお話を伺った。
「メンター」とはギリシャ神話に由来する「部下や後輩を指導・教育し、仕事・ポストを与え引き立てる者」という意味の言葉である。メンター三田会は、様々な業界を経験した塾員が後輩の塾員・塾生をビジネスなどの面で「メンター」として支援するべく作られた三田会である。昨年の7月に発足し、商社・製造会社・金融会社・ソフトウエア会社・会計事務所など、多くの業界で実績を上げた塾員が塾生の支援の為に参加している。
KJ:森さんがメンター三田会に関わることになった動機は何ですか?
KJ:設立にあたって苦労された事はありましたか?
−森さん−
「最初のうちは、メンターを引き受けたけども、何をどうしていいのか分からなかったですからね。学生側もメンター側も。でも、メールだけはどんどん来る。本来だったらマッチングを図る為に、メンター側からアクセスしなければいけないところでしたが・・・・
どうやってメンター活動を軌道に乗せるか苦労しましたが、昨年4月からSFCで講演を行う形でスタートし、方向も見えてきた昨年7月にメンター三田会として発足しました。」
KJ:鈴木さんはどの様な考えでメンター三田会に参加されたのですか?
−鈴木さん−
「森さんが中国に進出したときの話で、忘れられない非常に感激した話があるんです。中国で資生堂がお店を開くとき店頭でセールスプロモーションをしたんですが、その時年配の女性が店頭に来られたんです。
で、資生堂が普段やっている様に、その方に綺麗にお化粧をしたんです。そうしたらその中国の年配の婦人、涙を流して喜んだんですね。『私はこんなに綺麗になれるんだ』って。
そういう素晴しい仕事を森さんが中国で先鞭を付けられた。
「化粧品を供給する」という事で、中国の人口の半分の人達に、それまで全く知られていなかった新しい人生の価値というものを気付かせた。勝ち負けではなく、僕はそれってとても素晴しい事だと思うんですよ。
『新しい仕事を切り開く』という事には、そういう話が沢山あるんですね。
それで、これから新しい事をやっていこうとしている後輩を、応援したいと思ってメンター三田会に入りました。」
KJ:現在はSIVと連携してSFCでの活動が中心ですが、将来の展開はどう考えておられますか?
−森さん−
「スタートはSIVからですが、将来的には全塾に活動を広げたいと思っています。
若いメンターはSFC出身者が多いですが、私達は理工学部や経済学部卒ですから。
日本の一番大きな課題は、色々な意味での『アントレブレナーマインド(起業家精神)』を持った人が少ない事だと思っています。例えば、日本は世界の先進50ヶ国中で、アントレブレナーマインドを持つ人の人口比率が最下位なんていうデータまである位ですから。
安定した大企業に寄り添っていたいと思う人が多いんですね。
自分でビジネスを立ち上げて起業しようという人が少ないし、それを支援する仕組みも少ないんですね。メンター制度も欧米ではどこの大学にもあるような普通の制度ですからね。その様な環境を整えていきたいと思っています。」
KJ:早稲田も大学発ベンチャーの1割を自分の大学で作ると言っている様ですが・・・・
−森さん−
「早稲田もそうですね。東大にもそういったファンドの組織があるし、今後日本の大学でもそうした制度はたくさん出来てくるでしょうね。ただ慶應は、福澤先生による建学時から起業家精神を鍛え、多くの起業家を輩出してきた学校です。また、慶應にはいろいろな形でOBの組織がしっかりしているという強みがあります。ある意味でメンター三田会は最も慶應らしい、と言ってもよい活動ですね。」
KJ:最近の若者をみて、昔と比べアントレブレナー精神が足りないと思う事はありますか?
−森さん−
「確かに、昔の日本人には強烈なアントレブレナーマインドがあったと思います。特に、福澤先生の門下生は当時のアントレブレナーのさきがけの様なもので、いまだにその遺産で多くの人が食べていけています。
ただ、私が会社に入った41年前は日本の高度経済成長の真っ只中で、東京オリンピックの年でした。その頃は新規事業やドラスティックな改革よりも、現在の仕事に一生懸命取り組んで、改善を考えていくことで自動的に会社は大きく成長していきましたから。
アントレブレナーマインドより、改善マインドが重要だったんですよ。
それが、80年代の終わり頃からバブルの崩壊が見え出してきて、グローバル化もどんどん進んできた。グローバル化が進んでくるとやはりこのままではいられなくなったんです。
『人が変わった』というよりも『右肩上がりの成長』という構造が変わって、時代がアントレブレナーマインドを持つ人を要求するようになったという事ですね。建学の頃に比べれば、確かに起業家精神は少ないかも知れませんが、当時のような時代の転換期ですし、今も昔も若い人の本質的な部分はあまり変わらないと思いますよ。」
KJ:外国人と比べて日本人にはアントレブレナーマインドが無いと思われますか?
−鈴木さん−
「特に日本人がアイデアが乏しいとかイノベーション力が無いという風には思っていません。そうではなくて、それを実現する為の環境が違うのではないかと思いますね。
例えば、日本に来ている留学生。全部で10万人来ている訳ですが、圧倒的に多いのが中国人と韓国人。合わせて留学生全体の6割くらいです。
私も中国人留学生と良く会いますが、そういう人に「将来何になりたい」と聞くと、
「社長」という人が非常に多いんです。ちょっとステレオタイプ化して言っていますけどね。でもそれだけ、中国人というのは起業家精神が強い。
そして、それを実現しようという国の力が感じられる。日本人は、一人一人の力はあるんだけれど、それが顕在化していない。だからメンター三田会では、そういうのを支援していきたいと思っているんです。自分で会社を作るだけではなく、元々ある会社の中で新しい事を切り開いていくのも良い。そんな人を探しているんですね。」
−森さん−
「それと、欧米人は、あまり人に使われるのを良しとしない傾向はありますね。その点、日本人は横並び意識が強い。まだまだ自己主張すると叩かれる雰囲気がありますからね。
だから、例えば『何で香水が日本では売れないか』というと、市場が小さいんです。日本は世界の化粧品売上げの15%を占める大市場ですが、香水類だけは極端に小さな市場です。欧米では、化粧品全体売上げの30%前後が香水類で、アジアでも10%くらいありますが、日本は0.8%しかなく、これだけは極端に小さいんです。
なぜ香水が日本で売れかというと、色々な議論があります。例えば『満員電車で香は不快』とか『日本人は風呂入るから香水はいらない』と言った乱暴な意見もあります。でも僕は香りは、自分自身をアピールする大切なツールだと思うんですね。だから欧米では必需品ですが、日本では自分をアピールすると嫌われますよね。「臭いよ」って言われたりとかね。新しい香水をつけていくと、欧米では「今日は良い香りだね」って褒められるけど日本では顔をしかめられたり、けなされたりする。
このあたりが物凄く日本を表していると思うんですね。だからそこを変えていきたいし、変わると思う。その辺りがベンチャーの理念にもつながっていると思いますね。」
KJ:「ベンチャー」というと最近ライブドアのフジテレビ買収が話題になっていますが・・・・・
−森さん−
「これはメンター三田会としても統一見解はなく、意見も分かれますので、これから議論したいと思っていますが・・・・私の考えは、今コンプライアンスが非常に大事ですが、ライブドアはグレーゾーンでも、『法には触れてない』『資本主義の原理に則っている』と思います。でも、コンプライアンスは最低限守らなければいけない、当たり前のことです。
ベンチャーを起こす事は非常に大事だし、奨励されるべきですが、ベンチャーと言えども、事業には法の上をゆく、『倫理』や『理念・志』というものが大事ですね。
『お金を儲けよう』というだけで会社を起こしても、お金を儲けることは出来るかも知れませんが、大きな志を持っていないと、大きな舞台で勝つことはできないと思うんですね。
しっかりした理念と行動規範を持っていないと、ある程度以上は成長しないと思いますし、
たとえ大きくなっても、アメリカのエンロンのように、何時かはコンプライアンスの問題を起こすことになりかねません。
『ライブドアには志が無いか?』というと、そうでもないと思いますし、来年の商法改正で買収も活発になると考えられる日本で、油断していた企業に防衛体制の甘さを気付かせる魁となったことは評価できます。
でも、敵対的な買収をする場合は、フェアに行動して、買収後のビジョンを明快に示さないと、マネーゲームや乗っ取りと言ったネガティブな受け止められ方をしかねません。
私も長くM&Aを担当してきましたけど、友好的な買収は上手く行くケースが多いのですが、欧米でも敵対的な買収は上手くいかないことが多くあります。
敵対的買収を否定はしませんが、車もスクラップにして部品で売ってしまったほうが儲かるのと同じで、会社も解体して、切り売りして儲ける。或いは買い占めた株を高く引き取らせて儲ける、というケースも多くあります。
そうではないとしても、会社は人が財産ですから、従業員に動揺を与え、不安を持たせることは極力避けないと買収しても前より良い会社にすることは難しくなります。そのため、敵対的買収であっても、フェアでないと従業員や取引先の信頼は得られません。
アンフェアな敵対的買収でも、お金を出すファンドがあるから成り立つのですが、欧米の金融会社でも、特に日本では慎重な姿勢を持っている会社も多いと思います。
KJ:森さんが今までに起こした一番のイノベーションはなんだと思われますか?
−森さん−
「中国でそれまで無かった『直販体制』という販売の仕組みを作った事ですね。綺麗になるための道具としての化粧品を売るだけの活動より、『どうすれば綺麗になるか』という、綺麗になる方法を教えてあげる方が効果的だと思ったんです。
当時の中国は、まだ国民服の人も多く、お化粧をしている人もほとんどいませんでした。みんな寒い中、自転車を漕いでいますから、もう肌なんか荒れてガサガサで・・・・
でも、中国の女性って、良く見ると、きちんとお手入れすればもっと綺麗になる人が大勢いたんです。それで、20年以上前ですけど、僕はそういう人達を皆綺麗にしてあげたいなと思ったんですよ。
その気持ちを持ち続けたから、91年に始めた中国の合弁事業は伸びて行ったと思います。今では中国で最も成功した化粧品会社って言われているんです。
ただ、もう15年近くも前のことですからね。当時は革新的なマーケティングでも、10年以上経てば、これはもうイノバティブではなくなってきますよね。何時までも同じ方法でNO.1を保つことはできませんから、今は新しいマーケティングで市場を拡大中です。」
「もう一つは、フランスで香水事業を新規開拓した事ですね。香水は化粧品会社で働く人の夢ですから、それまでも何とか売れる香水を作りたいと、毎年のように新製品を出したのですが、一度も成功しません。『どうして成功しないんだ!』と悩み続けました。
ある時、ハーバートビジネススクールの、マイケル・ポーターの「国の競争優位」という論文に接して、目から鱗が落ちたような気がしました。
簡単に言えば、国にはそれぞれ競争優位となる条件があり、日本には香水の競争優位が無かったんですね。そこで最強の競争優位を持つフランスに拠点をおき、そこからスタートさせました。これは『日本の企業が本社機能を海外に持っていき、海外から世界に向けてグローバルな戦略を始めていった』という発想が評価され、フランスのビジネススクールや、KBS(KEIO Business school)のケーススタディでも使われているんですよ。」
KJ:『志』という言葉を良く使われていますが、やはり「社会貢献」が大事だと思われますか?
−森さん−
「いや、必ずしも志は社会貢献にとらわれなくてもいいんです。
社会貢献は当然ですが、それだけがソーシャルアントレブレナーではないと思います。
分かり易くいえば、自分がどういう世の中を作って、世界の人々に向けて自分がどういうメッセージを送りたいか、を考えていって欲しい。
それは必ずしもいわゆる社会貢献活動ではなくても良いんですよ。自分の事業活動を通じて、どのように世の中を変え、人々の生活や心を豊かにしていくか、という事を考えていけばいい。それが結局は事業活動を通した『社会貢献』につながっていくんです。」
慶應の学生時代、「勉強はしなかったけど、本を読んだことと、友達のネットワークができたことは役立った」と振りかえられた森さん。私たち後輩に勧めたい本は何か、伺ってみたところ、おおらかに笑いながらこんな答えが返ってきた。
「後輩にというか・・・最近慶應の学生なのに福澤先生の本を読んでない人が結構沢山いるから、せめて最低限『学問のススメ』と『福翁自伝』くらいは絶対読んでおきなさい。折角慶應に入ったんだから。」