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塾員インタビュー #6
■株式会社ドリーミュージック社長
 武市智行さん

土佐高校−慶應義塾大学−四国銀行−
株式会社スクウェア−株式会社ドリーミュージック

「夢を実現するのが夢」と熱く語ってくれた武市智行氏。元銀行員,ファイナルファンタジーなどで有名な大手ゲームソフト会社,株式会社スクウェアの元会長という経歴を持つ武市氏。現在は株式会社ドリーミュージック(Dreamusic)の代表取締役社長として「夢」を実現しようとしている。株式会社ドリーミュージック(Dreamusic)は今話題の新人「平原綾香」や,慶應OBの「加山雄三」などを擁するレコード会社で創立は2001年でまさに既存の音楽業界を変えるべく登場したベンチャー企業である。50歳近くになっても,常に「夢」を忘れない武市氏にお話を伺った。



■銀行員からスクウェアに転職,そして起業へ!

武市氏の簡単な略歴は,79年に商学部を卒業した後,四国銀行に就職する。その後,その銀行から当時の株式会社スクウェア(現在の株式会社スクウェア・エニックス)に社長室長という形で出向する。そこで,ファイナルファンタジーの生みの親である坂口博信氏に出会い,彼の「ディズニーを超えるエンターテイメントを作る」という夢と彼の才能に惚れ,銀行からスクウェアに転籍し,その後社長,会長という形でスクウェアの経営の中枢に携わる事となる。その後,新田和長氏と出会い、彼の音楽にかける夢や信念に惚れ、スクウェアの会長を退任した後に,2001年夏に株式会社ドリーミュージックを新田氏と共に設立し,今に至る。

#株式会社スクウェア(http://www.square-enix.co.jp/
ファイナルファンタジー,聖剣伝説,ロマンシングサガシリーズなど数多くのヒットソフトを世に送り出してきたゲームソフト会社。2003年4月1日付けで,エニックス(ドラゴンクエストシリーズで有名なゲーム会社)と合併し,現在はスクウェア・エニックス株式会社となる。

#株式会社ドリーミュージック(http://www.dreamusic.co.jp/
今話題の新人「平原綾香」や,慶応OBでもある「加山雄三」などが所属するレコード会社。2001年創業の次世代の音楽界のリードを目指すベンチャー企業。


■銀行員からゲームソフト会社への転職!

KJ:銀行から全く畑違いのスクウェアに出向されたのは何故ですか?

武市氏:当時は,銀行から見てゲームソフト会社は非常にわかりづらい産業であって、半年も1年もかけて一つのゲームを作るけど、出来上がったものが売れる保証はない。しかも開発やパッケージを製造するためにお金が先に必要になる。そういう時期に銀行から見ると、スクウェアって非常に不透明な会社だったし、しかも銀行員がゲーム企画書を見てもそれだけでヒットするゲームかどうか分からない。だから,銀行員という身分でスクウェアに出向し,ゲームソフト会社や業界に関する事を勉強し,融資しても大丈夫かどうか、また、他の資金調達の方法がないかを調査・研究していた。当時の銀行からみて,ゲームソフト会社は未知の世界だったからね。

KJ:どうして,銀行員を辞めて,スクウェアに転籍されようと思われたのですか?

(ファイナルファンタジーの生みの親で有名な)坂口博信氏の才能と夢に賭けてみようと思ったから。彼は「ディズニーを超えるエンターテイメントを作り出したい」という夢を持っていて,それを一緒になって実現させたかったから。私自身には絶対これをやりたいという夢はなく,強いて言うなら「才能ある人の夢を実現するのが夢」である。他の人の「夢」をサポートして実現するのが私の夢で,「その人にはる(賭ける)」事が私の人生において結構重要なポイントです。



■人にはる(賭ける)という事。

KJ:人にはる(賭ける)?

その人の才能に賭けるって事だね。エンターテイメント業界で重要なのは,シンプルにいうと、「才能」と「その才能にはる(賭ける)思いの強さ」であり、その二つしかないと思う。ユーザーに満足してもらうものを作る人って、限られている人たちだけど世の中のどこかにはきっとそういう人たちがいる。でもその人たちに才能を発揮出来るお金や環境などがないと埋もれてしまう。だから、その人たちの夢を実現するためには、その人の夢や才能に「はる(賭ける)」という作業が必要。その作業はその人たちを見つけることであり、信じることであり、信念やこだわりの共通点であると思う。

でも,夢を持っているクリエイターたちに夢を実現できる環境を与える仕組みが日本には少ない。銀行は映画、音楽、ゲームなどのエンタテインメントにあまりお金を出してくれないし。結局、才能はあるのに、それを形にする仕組みは少ない。そういった中で、私は才能を持つ人達が才能を十二分に発揮できる環境をつくり、夢の実現をサポートする。それが私のライフワークです。

KJ:ゲーム業界でも「はる(賭ける)」事がキーなのですか?

日本のゲームソフト会社が成功したのは,良いソフトに「はる(賭ける)」事ができたからだと思う。そして,その「はる(賭ける)」事ができたのは,オーナー系の企業が多いから。オーナー系企業はソフトの制作と経営がある程度一致していて,制作者やチームの能力を信じ、しっかり投資していくのが可能。言い換えれば,ゲームソフト制作にお金をかけたり、環境を作ったりする事が可能で,それが良いソフトを生み出している。

(株式)公開すると、エンタテインメントカンパニーの資金調達の選択肢を増加させたり、ブランドの一般認知を広めたり、良い資金や良い人材を集めやすくなるということだね。ただ、一方で、株式公開する弊害として,目先の決算の数字を達成する為に中途半端なソフトを出してしまし,結果として長期的なユーザー,そして株主の信頼を裏切る事になる可能性がある。良いソフトを出していると、ユーザーから、あそこのブランドから出すものは品質が高いと信頼される。スウクェアのゲームは安心して買えるとか…実際、当時のゲームショーなんかでアンケートするとスクウェアのゲームなら安心して買えるという人が60%以上いたね。だから、今中途半端に出すのだったら延長していいモノを出すくらいの決断力がないとこの業界ではダメだと思うし、それが結果として、ユーザー・制作者・社員・取引先・株主などをハッピーにさせると思うよ。



■スクウェアは日吉に集まった技術者の夢がスタート。

KJ:武市さんがスクウェアに出向された頃はどんな企業だったのですか?

私がスクウェアに出向したその当時はなんの規制もなかったね。ルールがない、規制がないということは逆にいうと誰も守ってくれないということだから、全部自分達でやっていかなきゃならなかった。スクウェアの社員はみんな若かった。私が入ったのが34歳のときで、最年長だったから。

ちなみに,スクウェアは最初,実は日吉からスタートした会社。73年に,創業者がゲームソフトがビジネスとして面白そうという理由で,ゲームソフト開発の会社を立ち上げようと考えた時に,早稲田の人間よりも慶応の人間の方が向いてそうという単純な理由で,日吉の商店街(ひようら)に開発拠点を置いたのがきっかけ。最初はパソコン喫茶みたいな店から始めて,そこに集まってきた人達が作ったのが今のスクウェアの原型となっている。だから,スクウェアの設立メンバーの学歴をみると,ファイナルファンタジーの坂口博信氏の横浜国大中退を筆頭にほとんど大学中退になっている。設立メンバーは大学を中退してスクウェアの原型を築き上げた。


■Dreamusic設立,そして平原綾香のデビュー,大ヒット!



六本木にあるDreamusicの本社入り口

Dreamsuic オフィシャルサイト
 http://www.dreamusic.co.jp


KJ:どうしてドリーミュージックの設立に関わろうと思われたのですか?

私は新田和長氏(現:ドリーミュージック代表取締役会長)に出会って、彼の才能と夢,つまり「人にはった」だけだね。ホントシンプルに。でも、みんなにはるわけではない。100人いれば、その中で成功する人だと信じられる人にはる。だから、私は、スクウェアの坂口氏とドリーミュージックの新田氏に「はった」だけだね。才能の有る人の夢を実現させるのが夢だから。その夢の実現可能性とその人の信念の大きさが信じられたらはっていく。銀行員時代、夢を持つ若い経営者の為に、自分が勤めていた銀行から融資できない時は,他の公的金融機関に一緒に行ったりしたからね。わたしは信念を持っている人たちの夢を実現させたい。ドリーミュージック(ドリーム=夢)の名前にもそういう意味があります。

#新田和長氏
早稲田大学商学部出身で,在学中に早稲田の学生5名で「ザ・リガニーズ」を結成。「海は恋してる」などのヒット曲を出す。卒業後は東芝EMIでチューリップなどを手がける敏腕音楽プロデューサーである。

 

平原綾香オフィシャルサイト
www.ayaka-hirahara.com/


KJ:最近話題の新人歌手,平原綾香はドリーミュージック出身ですね。デビュー秘話とかありますか?

平原綾香は新田さんのリーダーシップの下でドリーミュージックが全社一丸となって押す新人アーティストです。彼女の才能や曲の良さを信じて、皆が頭や身体を使いながら色んな事にチャレンジした。また、彼女の歌唱力に加えて,「何か違った感覚」を求める世の中の流れに乗ったのが大ヒットの要因だと思う。

デビュー秘話は,早稲田祭で彼女が歌った事かな。デビュー2ヶ月ぐらい前に,早稲田の学生で彼女の歌声に惚れてくれた女学生がいて,早稲田祭の一週間前に急遽,彼女のステージを作るとかで積極的に動き回ってくれた。早稲田祭の一週間前に大学内の教室を確保するのはさすがに無理で,大学近くのカフェで平原綾香のコンサートを行った(早稲田祭実行委員から公認を取って)。そのときは、まだ平原綾香がここまで売れるとは誰も思わなくて,コンサートも30名弱のこじんまりしたものだった。ただ,早稲田のその学生の平原綾香に賭ける情熱とその情熱を具体化する行動力はすごかった。

あとは,ヒットの兆しは有線放送での問い合せの多さ。有線放送で平原綾香の「Jupiter」を流したところ,「誰が歌っている何て曲?」という問い合せが殺到。問合せ担当の中では、「Jupiterを流す前にトイレに行け」とまで言われたほど。平原綾香の「ジュピター」を流すと,トイレに行く時間ができないからだとか。
その他にも、彼女の歌声に賭けた知人が、個人的なツテを使って調布のFM局で「Jupiter」をながしたところ、すぐに反響があったこととか。


■夢を追いかけるのは石油を掘るのと同じ!

KJ:最後に慶應の学生にメッセージがあれば

夢を追いかける事は、例えば、石油を掘るのと同じで,そこに石油があると信じて掘るのと信じないのでは全然違ってくる。油田に例えると,莫大な資本を投下し続ける為には、もちろん科学的に調査をしている中で、「そこに油田がある」と信じないとできない。ただ,漠然と石油を掘るのではなく,石油を掘る過程で,例えば天然ガスが出たり,目安になる目標を達成すると,「そこに油田がある」という希望が確信に変っていく。平原綾香の曲も,「ヒットする」という最終目標の手前の中間目標として,有線やラジオなどで曲が紹介される(俗にヘビーローテーションと言われる現象)などがある。夢(目標)の手前の目標を持ち,それを達成する事で自分の夢(目標)を確信に変えていく事が重要だと思う。

そして,夢(目標)を持ち,その夢(目標)と現在の間を埋める作業をやるべき。現在から将来に向かって何をやるかと言う事も重要だけど,将来から現在に向かって何をやるべきかと言う事が重要。10年後何かをするためには、5年後3年後に自分が何をするべきなのかが見えてくるはず。

株式会社ドリーミュージック オフィシャルサイト
http://www.dreamusic.co.jp/

平原綾香オフィシャルサイト
www.ayaka-hirahara.com/


取材   吉川英徳
 瀧宮瑶子
 鄭有眞



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