清水東高−慶應義塾大学−大洋(現横浜)
1970年に本塾に入学し、1年次からレギュラー。大洋のドラフト1位指名を受け入団。73年春のシーズンで首位打者を獲得。
プロ入り後は堅守のショートとして活躍しゴールデングラブ8回はショートの最多受賞記録。77年から78年にかけては322守備機会連続無失策の日本記録を樹立。87年に引退。
2003年のシーズンより横浜ベイスターズの監督として指揮を執る。
―続いて、監督の学生時代についてお伺いします。
学生時代、最も印象に残っている試合とか出来事はありますか?
やはり、結構いいことは、優勝した瞬間だとかそういったことはあまり覚えていない(笑)。1年の春の早慶戦でサヨナラヒット打って、当時スポーツ誌の1面に載って、大きく出てね。今では考えられないことだけれども。そういうものは意外と覚えていない。それよりも夏の練習中に「水が飲みたいな」と思ったこと、まぁ慶應ってのは水は飲ませてくれたのだけれども。1年生が氷を買いに行くんだよね、大きい氷。その大きい氷をポリバケツにドーンと入れて、水をジャーッと入れて、そのそばに塩があってね、で、皆飲む。1年生も飲んでもいいんだけど、でも氷買いに行く役になると、その間リヤカー引いて休む(笑)、そういうのをやってみたいなと思ったこととかね。そういったことは意外と覚えているし。
―印象に残っている食べ物屋さんとかはありますか
英枝(えいし)というラーメン屋さんがあったんだけど。合宿の下にね。英語の英に枝と書くんだけど。旦那さんと奥さんの名前をとって英枝って。で、その小高い丘の上にラグビーと野球部の合宿所があって。下田町になるのかな。いや、日吉本町だ。今は理工か何かの寮になっているかもしれない。とにかくまぁ兵舎みたいなとこでね(笑)。で、ラグビー部と一緒だったから雨の日なんかは練習終わって帰ってくると、ラグビー部が最初に入っていると、湯船の半分くらい砂がたまっているわけ(笑)。そんな思い出とかね。あるいは、練習終わって、なんか水まいてるときに見つかったりね。次の日の雨予想で水撒いてて(笑)。小高い丘の上に合宿があるもんだから、日吉のグランドで水がビューって飛んでるのを、校舎のほうから見えるらしいのね(笑)。首謀者は俺じゃなかったんだけど(笑)。俺が一年のときだから。なんか二年生が水撒けって、明日グランドで練習ができなくなるようにやったらしいんだけど。まぁそういう思い出の方が結構残っているね。
まぁ学生時代ってものはそんな感じだね。ま、プロに入ってもそうだね、割とよかったこととか、意外と残ってなくてね。忘れちゃっているわけではないんだけど、やっぱり苦しいときの方が記憶しているよね。
―プロで一番苦しかった時とはどんな時だったんですか?
いや、それはしょっちゅうあるよ(爆笑)。毎日試合だからね。いい時もあれば悪い時もあるし。
―苦しいときから、監督なりの前向きになる方法、乗り越え方というのはありますか?
選手時代のほうがやっぱり… 自分だからね。自分でできるかできないかだから。これは自分に帰ってくることなんで、やっぱり努力もしただろうし、諦めや切り替えもつきやすいけれども、監督とかコーチっていうのはねぇ、人がやってるのを見て、「なんかウマくいかんなぁ」と思うことがあるんで、そういう意味ではやっぱり、「切り替える」ってことは凄く大事だよね。(自分で)やってない、コーチ、監督になったときの方が。たださっきも言ったけれども、監督になっても、自分が野球をやって勝った負けたになるわけじゃなくて。もちろん投手の交代だとか、作戦面においての失敗も成功もあるけれども、やっぱり最終的に選手に全部委ねるというか、「おい、頼むぞ」という気持ちで見ている部分ってのはあるんでね。まぁ、そういう風に悪いときは自分で考えるしかないんじゃないかな。人に愚痴を言っても始まらないし。
―自分でコントロールできるところでは無いということですか?
まぁそういう気持ちの持ち方は… 悪いときは悪いで。選手は一生懸命やってるけど、まだここまでしか力が無いと。じゃあなんとかそのできる部分で、サポートしていくというかね。そういう風な考えで去年一年はやっていた気がするけどね。人生、なんでもそうだけど、楽天家であったほうがいい、楽だ、と思うよ。
―常にプラス思考に?
うん。でも、去年くらい負けるとなかなかプラス思考には…(笑)。難しい問題だけど、そういう中でも、そう考えられる部分を作っていくしかないしね。
―去年であれば、「古木選手や村田選手に対する期待を込めて…」というのがそれにあたるのでしょうか?
うん、そうだね。最初に言ったようなことね。やっぱり去年の経験が今年に活かせるような、そういう素材ではあると思うよ。今年に、というか、彼らにとっての未来にね。活かせる素材の選手だと思っているから、必ずやってくれると思ってるけどね。まぁその進歩の度合い、成長の度合いっていうのは人によって個人差あるし。大ブレイクする年も、地道に一歩一歩行くタイプの選手もいるし。